ある日、川田良江さんは突然の訃報(ふほう)を受け取った。大学時代の友人が交通事故で亡くなったという。
だが正確に言えば、その人は友人というよりも、良江さんが大学時代に付き合っていた元彼氏である。
良江さんは、現在では別の人と結婚して子供が2人いるのだが、大学時代はその人との結婚を真剣に考えたこともあった。しかし大学を卒業してから彼は県外に転勤になってしまい、距離が離れたこともあって段々と疎遠になり、最終的には別れてしまった。
バイクの好きな人で、現在の仕事はバイク便の配達をしていると聞いていた。その彼がバイクを運転中に、大規模な玉突き事故に巻き込まれてしまったという。
仕事から帰った良江さんは急いで着替え、車に2人の子供を乗せて、まずは両親のいる実家へ向かった。そして実家に子供を預けた後、一人で通夜の会場へと向かった。
通夜には大学時代の懐かしい友人たちも多く出席していた。無事通夜も終わり、旧友たちと話した後、良江さんは車に乗って預けた子供たちを引き取りに実家へと向かった。
運転中にも彼のことが頭をよぎる。2人で行った旅行のこと、楽しかった思い出、あのまま別れなかったら多分、あの人と結婚していただろう、と次々と記憶がよみがえってくる。
夜もふけて実家に着くと子供たちはすっかり寝ていた。悪いとは思いながらも子供たちを起こして自分の車に乗せ、自宅を目指して出発した。もう、主人も帰っているはずである。
故人のことは「大学時代の友人」とだけ言ってある。結婚前に付き合っていた元彼氏などということは言うはずもない。
夜も遅くなっており、道路はすいている。何事もなく車を走らせていると突然、
「どんどんっ」
と後ろ座席の方から窓ガラスを叩くような音が聞こえてきた。微妙ながらそれなりの振動もあった。
「どうしたの?」
と子供たちに話しかけてみたが返事はない。しばらく走っているとまた「どんどんっ」というガラスを叩くような音が聞こえてきた。
「ガラス、叩かないの!」
と子供たちをちょっと叱ったところで信号待ちとなった。良江さんは、子供たちに何かあったのかと思って後ろ座席を振り返ってみた。
ところが2人の子供たちは寝息をたててよく眠っている。「この子たちが叩いてたんじゃないの?」
釈然(しゃくぜん)としないながらも信号は青になり、良江さんは再び発進した。
走っているとまたとても「どんどんっ」と音が聞こえてきた。今度は助手席の方からだ。助手席には誰も乗っていない。
しかもその音は、外部から何か物がぶつかったという感じの音ではなく、どう考えても人間の手で窓ガラスを叩いているとしか思えないような音である。
良江さんは通夜の帰りということもあり、故人のことが頭をよぎって背筋がぞくっとなるような感じがした。
恐怖を感じながらも何とか家の前に到着した。あの音は助手席の音を最後に聞こえてこなかった。家を見ると灯りがついている。主人も帰って来ているのが分かり、ほっとした。
子供たちを再び起こし、家の中に到着すると、主人が出迎えてくれた。
「遅かったね。お前宛てにファックスが来てるよ。」
そういって主人はファックス用紙を良江さんに手渡した。
それを読んだ良江さんは悲鳴を上げた。
「今日はどうもありがとう。久しぶりに会えてとても嬉しかったよ。
さっき、車に乗っているのを見かけたので、何度か声をかけたんですけど、気づかなかったようなのでファックスしました。
本当にありがとう。そしてさようなら。」
ファックスには手書きの文字でこう書かれていた。
ディスプレイに表示された電話番号を調べてみると、それは亡くなった元彼氏の家の電話番号に間違いなかった。すぐにその家に電話をかけて、彼の家族にファックスのことを聞いてみたが、誰もファックスなどは送っていないという。
良江さんは鳥肌が立ってその場に座り込んだ。