井上絵美さんは17歳の女子高生である。ある朝、絵美さんが学校に登校した時に、友達が手に雑誌を持って駆け寄って来た。
「ねぇねぇ、絵美、この記事読んでよ。この記事に載ってるT駅の近くの踏み切りって、いつも私たちが通ってる○○町の踏み切りのことじゃない?」
それは心霊スポットの紹介の記事で、その踏み切りには深夜になると、時々女子高生の幽霊が線路の上に立っているという目撃談が絶えないという記事だった。確かに○○町の踏み切りでのそういった噂は聞いたことがある。
投稿者の県名と市の名前から、この市のことであることは明らかだった。
記事の内容は以下のようなものだった。
「私は35歳の主婦ですが、この町に『幽霊が出る』と噂される踏み切りがあります。聞いた話によると、昔、学校に遅刻しそうになった女子高生が、遮断機が降りているにも関わらず、その下をくぐって踏み切りを渡ろうとしたところ、線路内でつまづいて転んでしまい、起き上がっている時に電車が来てしまって轢(ひ)かれて即死したという事件があったそうです。
この町ではよく知られている話で、踏み切りのすぐ近くにはスーパーがあり、そのスーパーと線路を挟(はさ)んで運送会社が建っています。こう書けば、地元の人であればどこのことか分かるでしょうが・・。
深夜にこの踏み切りを通った車が、線路の上で、駅の方を向いてじっと立っていた女子高生を目撃したという話は何度も聞きました。私もただの噂か、話が大げさになっているだけかと思っていたんですが、つい先日、私も見てしまいました。
夜、車でその踏み切りにさしかかった時、警報機が鳴って遮断機が降り始めたので、一旦停止をしたのです。何気なく踏み切り内を見ましたら、線路の真ん中にセーラー服を着た女子高生が立っているのです。
今にも電車が来るというのに、その子はじっと立ったままです。私もびっくりして思わず車のドアを開けて身を半分乗り出し『何やってるんですか!電車が来ますよ!』と叫びました。
てすがその子はボーッとした表情で立ったままです。向こうから電車が見えてきました。すぐに車から降りてその子の手を引っ張ってでも踏切内から連れ出すべきだと思いましたが、もし私まで一緒に轢(ひ)かれてしまったら、という思いが頭の中に浮かび、身体を動かす勇気が出ませんでした。
『早く逃げて!』そう叫ぶのが精一杯でした。
電車が来ました。女の子と衝突します。ですが、衝突というにはあまりにも普通に電車は通過していきました。女の子の全身を吸収するかのように電車は通り過ぎて行ってしまいました。そして電車が通過した後にも、その女の子は通過前と同じ姿勢で踏み切りの中に立っていたのです。
私がびっくりして見ていると、その子はそのまま色が薄くなって、そのうち完全に消えてしまいました。
あれは絶対見間違いではありません。昔電車に轢(ひ)かれたという噂の幽霊に違いありません。この町では、『線路の上で女の子を見た』という話の他に、『同じ年頃の女の子がその踏み切りを通ると、その女の子の家の中に幽霊が現れる』という話も広まっています。」
県や市、場所の説明など、まさに絵美さんが毎日通っている噂の踏み切りにぴったりと合っていた。
しかし絵美さんは、同級生の前で強気なところを見せたかったのか「こんなの、作り話に決まってるわよ。私たち、毎日あそこを通ってるんだから。今まで何も起きてないでしょ。
幽霊だって?! いるもんなら出てきてみなさいってーの!」
と、笑いながら、雑誌を友達に返した。
しかしああは言ったものの、実は内心、恐怖を感じていた。ちょっと友達の前で強気なところを見せたかっただけであった。
そしてその夜、絵美さんは昼間の学校でのことがやけに頭の中に浮かんでなかなか寝つかれなかった。
『同じ年頃の女の子がその踏み切りを通ると、その女の子の家の中に幽霊が現れる』
という言葉が強烈に頭の中に刻み込まれていた。
「出ないわよね・・。あの時はつい、ああ言っちゃったけど、雑誌なんて何万人もの人が読むものだし・・。」
もう夜中の2時を過ぎているが、背中の後ろや窓が妙に気になって神経が高ぶっている。しょうがないので本でも読むことにした。うつ伏せになって本を読んでいると、ようやく自然に寝てしまった。だが、すぐに目が覚めてしまった。時計を見ると3時30分だった。
「んー・・。3時半かあ。2時までは覚えてるけど、そのまま寝たにしてはすぐ目が覚めちゃった。電気もつけっぱなしだった・・。」蛍光灯を切ろうと思ったが面倒くさくて布団の上に何気なく横たわっていた。
その時、コツッという音が突然窓から聞こえてきた。
「何?」
びっくりして耳を澄(す)ませていると、連続して「コツッコツッ」という音が窓ガラスから聞こえてくる。まるで誰かが窓に向かって小石を投げているような音だ。
「誰かが庭にいる!」
そう思うといっぺんに目が覚めた。
怖かったが、思い切りカーテンを開ければ侵入者も逃げるのではないかと思い、ありったけの勇気をふり絞(しぼ)って起き上がり、そろりそろりと窓に近づいていった。
そしてまさにカーテンに手をかけようとしたその瞬間、いきなりカーテンごしに窓がガダガタガタッと激しく揺れ始めた。
「キャァァァッ!」
と絵美さんは大声を上げて窓から飛びのいた。
身体が硬直して思うように動かない。しかしここで引いたら侵入者の思い通りになってしまう。意を決して絵美さんは再び窓に近づき、思いっきりカーテンを開けた。
カーテンを開けると、そこにはいきなり人の顔があった。絵美さんと同じ年頃の女の子がセーラー服を着て、ぼーっとした顔で、じっとこっちを見つめている。ここは二階で、ベランダもない。こんな位置に人がいるわけがない。
その不気味な女の子と絵美さんは、顔はお互い向かい合わせになっているが、相手の女の子の方は目の焦点が合っていない。
「その女の子の家の中に幽霊が現れる」という言葉が強烈に頭を駆け巡った。
「キャァァァッ!!」
と再び大声を出し、絵美さんは部屋から飛び出した。
一直線に両親の寝ている一階の部屋まで駆け下(お)り、ふすまを開けて「お父さん、お母さん!!」と大声で呼ぶが、両親は寝たままだった。「起きてよ!」と、身体を揺すって起こそうとしたが両親ともに「んー・・。」というだけで、すごく気持ちよさそうに寝ている。こういう時に限って眠りが深い。
「起きてよ!!」
泣きながら両親の前で叫ぶ。
するとその時、今度は「ドンドンドンッ」と、玄関のドアを激しく叩(たた)く音が聞こえた。
誰かがドアのノブをガチャガチャと回している。
両親の部屋は玄関のすぐ横にある。絵美さんがいる場所からほんの3メートル先が玄関だ。
「ヒィィッ!」絵美さんはパニック状態となった。
「今の女の子だ!今度は家の中に入ろうとしてるんだっ!」
すぐにこの部屋から逃げ出そうとしたが、下半身の力が抜け、ちょうど玄関のドアの前に座り込んでしまった。「腰が抜ける」という状態はこういう状態を言うのだろうか。座り込んだ絵美さんは下半身が震えて立つことが出来ない。泣きながら絵美さんはドアを見つめていた。
間もなくしてドアからカチャッという音が聞こえた。鍵が開けられたのだ。ドアが開く。
「いやあぁぁぁっっ!!」
しかし・・・・ドアを開けて入って来たのは絵美さんのお兄さんだった。
「んー・・。絵美やないか。何やっとんじゃ、こんな夜中に玄関に座って。」
この時間まで飲んでいた絵美さんの兄が、酔っぱらって帰ってきただけであった。
とろんとした目で、にこやかに兄は絵美さんに話しかけた。恐怖の場面が一瞬で日常風景に変わった。
「このクソボケがーっっ!!お前は死ねーっっ!!」
絵美さんは泣きながら、兄に向かって叫んだ。
なぜ怒鳴られたのか、兄は意味が分からなかった。
翌日、絵美さんは、昨日の夜のことをこと細かく家族全員に話した。もちろん、学校で読んだ記事と、それに対して自分が言ってしまったこと、そのせいで噂通りのことが起きたんじゃないかということを、踏み切りの噂なども交(まじ)えて真剣な表情でしゃべった。しかし両親の反応はシラーッとしたものだった。
母「あんた、本、読みながら寝てたんでしょ。夢と現実がごっちゃになってるんじゃないの?」
父「まあ、年頃の女の子だからな、学校での出来事が頭に強烈に残って、そういう夢を見たのかも知れんな。窓が揺れたのも、部屋から一階に駆け下(お)りて来たのも、全部夢で、それだけ快適な睡眠をしていた証拠じゃないのか?」
両親は、絵美さんの話を軽く受け流した。
しかし兄だけは違った。
「絵美の話、ホントかも知れない。」
「昨日の晩、俺が家に帰って来た時、セーラー服を着た知らない女の子が家の門の前に立ってたんだよ。俺も不審に思って、「うちに何かご用ですか?」って声かけたら、その子、じっとしたままだんだん姿が透明になって、そのうち完全に消えちまったんだ。
「はぁっ??」って思ったけど、俺もかなり飲んでたんで、『おお、幻覚見るまで酔っちまった。』と思って、自分を納得させて家に入ったんだけど、今思えばあの子、本物だったんだなあ。
霊って、俺は完全に信じてるわけじゃないけど、絵美の話を聞く限りじゃ、その踏み切りで死んだ子が怒って現れたんじゃないのか?お前、あんまり仏様をナメたようなことを言うなよ。」
記事の内容とはいえ、絵美さんは冗談を言ったことを深く後悔した。あの世の者たちは、現世の者が、誰がどこで何を言っているのか、全て聞いているかも知れない。