ある建設現場。大きな鉄板を所定の場所に固定するという作業をしていた。
鉄板の中心部には、クレーンのフックを引っかけるための金具がついていた。まずは、この金具にクレーンのフックを引っ掛けて、鉄板を持ち上げ、設置すべき場所に降ろした。鉄板の上に数人の作業員が乗って作業を始める。
設置の作業が終わった。作業が終わったのだから、今度は鉄板を吊ってきたクレーンのフックを金具から外(はず)さなくてはならない。
しかしクレーンのワイヤーはピンと張ったままだったので、このままではフックを外(はず)せない。クレーンをちょっと降ろしてもらってワイヤーを緩(ゆる)めなければならない。
他の作業員が鉄板から降りた後、この作業の責任者である「彼」は金具の近くに立ち、クレーンを操作している人に「おーい。クレーン、降ろせ降ろせ。」と指示を与えた。
ところが何を間違えたのか、クレーンの操作員は、クレーンを降ろすどころか、いきなり逆に、思いっきり引っ張り上げてしまったのだ。
今設置したばかりの鉄板はベキベキッと持ち上がり、当然、鉄板の上に乗っていた彼はその反動で上にはじき飛ばされてしまった。
しかも鉄板を設置した場所は高さ4mの場所だったので、そのまま空中に放り出され、彼は下の地面に叩きつけられてしまった。転落事故である。
正確に言えば、ちょっと空中を飛んだので、数m横の、少し坂のようになってる場所まで飛ばされ、そのまま背中から落ちた。
事故は多数の人間が目撃しており、辺りは騒然となった。すぐ救急車を呼ばなければ! 別の作業員が電話に向かって走ろうとした瞬間、今、転落したばかりの彼が突然、ムクッと立ち上がった。
ちなみにこの転落した人はボディビルをやっており、何年か前に県で優勝している人である。広背筋の厚さも見事ながら、落ちた場所がたまたま水平ではなく斜めなっているような場所だったので、それも手伝って無傷で済んだのだ。
そして彼はそのままクレーンを操作していた人のところまで走って行って、
「わりゃ、何やっとんじゃーっ!! 危ないだろーが!! 死んだらどうするんやーっ!! お前、ブチ殴ったるけえ、出てこいーや!」
と怒鳴りながら、クレーンを操作していた人の胸ぐらをいきなりつかんで運転席から引きずり出し、怒りにまかせて殴る蹴るの暴行を加えた。傷害事件である。
しかしこの人は、4m下へ転落したというのにピンピンしている。それどころか起きあがるやいなや走り出した。逆にクレーン操作をしていた人はガタガタと震え、何か言っているようだったが言葉にならない。
多分、死んだ、いや、自分が殺したと思ったんだろう。それがまさか走って殴りに来るとは。
普段のトレーニングと筋肉が命を救ったような事件であった。